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2011年04月23日 土曜日/00:05:03/ No.243
引っ越し準備/自分と他人の距離

記事分類:つぶやき
事務所を引き払うために片付ける前に、、、
実家(奈良)、事務所(大阪)、引っ越し先(明石)の三点で、

・実家へ戻すもの
・明石に持ち込むもの
・捨てるもの

を先に紙に書いてまとめてから片付けをはじめようと。

予想外にスムーズに撤去できない可能性や、事務所の掃除を頑張って敷金(保証金)多く取り戻そう作戦を成功させるため(笑)、を考えて、
まだ事務所の引き払いの申告はしていない(延滞すると面倒)。

だいたい捨てるものや、移動させるものを決めたので、
ぼちぼちまとめていかないとアレですね。


クルマルート・距離検索を使って、
おおよその各拠点の距離や時間を調べてみると、

大阪市東成区中道→奈良市
24.7 km

大阪市東成区中道→明石市魚住町西岡
67.2 km

奈良市→明石市魚住町西岡
89.4 km

さほど遠くないので料金などはバカ高くはならずに済むかと。
まぁ自分が車に乗れれば自力で何往復もして運べそうなレベルのものしかない気がするのですが、まぁ自分が車に乗れないなら仕方がない。

順序としては、

事務所でのネット接続の解約
 ↓
カード式のネット接続の加入
 ↓
捨てるものを処分
 ↓
実家に戻すものを運ぶ
 ↓
明石に運ぶものを運ぶ
 ↓
このあたりで事務所引き払いを申請すればよさそう
 ↓
事務所引き払い・電気ガス停止処理


こんなもんか。
敷金がある程度戻れば、向こうでお風呂の給湯器を設置する金に回せるわけだが(笑)。
まぁ期待してない(笑)。
まぁ別にしばらくは湯がなくても死にはせん(笑)。
ティファールで湯を作って身体を拭けばおk(笑)。
原始人と比べれば贅沢なもんだ(笑)。
引っ越し先の家の周りは少し土の敷地もあり、
そこに家主さんがアロエを植えていた(笑)。
おっ、それでジュース作って生きのびますか(笑)。
二十日大根とかプチトマトとか植えて育てたら食費浮く!(笑)
つーか百姓なりたい(笑)。
とにかく意地でも「オフィスに勤務してビジネス」なんてやりたかない(笑)。
ちなみに工場でも私が担当したラインの製品は後で爆発しますし、
私がクレーン車やフォークリフトをもし免許があったとして運転したら、
それでも多分轢かれて死者が多数出たり会社の損失になる事間違いなしです。
私は残念ですが社会の役にクソにもたたない芸術で何か人の役に立てる人間になるしかないのです。
 てんかんでクレーンで事故を起こした人のニュースが話題になっていますが、やはり、向かない仕事はしないほうがいいです。それが「人のため」です。
また、持病やハンデで隠さないと就職できない、あるいは就職できないと食っていけないという社会が問題ではないでしょうか。
要するに経済的な自立が全てという社会だからこそ失っているものがたくさんあるということです。別に中国の毛沢東のような主義にしろというわけではありませんが、
「カネがないと死ぬ」と本気で洗脳されてるような社会は明らかにおかしいです。
それに、実はそういう、
カンパニーでビジネスするという社会のシステムの歴史は実は浅いですよね。
明治維新以降でしょうか。
みんなが当たり前、普通、常識と思っている事は別になんらたいして重要な事では本当はないはずでしょう。
車にしても歴史は案外浅いです。
それを持つ事がオトコのステータスになったりした昭和中期以降の歴史も、
誰かの都合による洗脳ですからね。つまらん。

カネ稼がなくても(収入低くても)食べれるように・生きれるようになりたいし(笑)、
いつかそういう感覚を取り戻す必要がある時代がくるかも知れませんし、きたほうがいいと思います。
原子炉にしてもどうですか。
そうやって電力を使って営み、商いをし、多くのカネやモノを生んできたのでしょう。
しかし、「想定外の」事故によって、それらは一瞬にして崩れ、多くの金銭的損害だけでなく、ただでさえ狭い日本の「土地」をゴーストタウンと化し、「農作物が育つ優れた土地・土・空気・風・水」という「本当の意味での資産」を失いました。

つまり、人間は何かを生み出して付け足して豊かになっているような「気になっている」だけで、実は失っているものもある、経済市場のようにプラスマイナスゼロ、ゼロサムならまだマシだが、結局マイナスになっているではないか。
経済発展やモノ的な豊かさは否定はしない、私だってその恩恵は授かっている。
だが、「ほどほどに」すべきだと思うのだ。

と、話は脱線してきてますが、
あ、そういえば事務所では難しかったけど、玄米を発芽させて大豆と混ぜてジュース作るのとかも悠々とできますね平屋だと。うん、あれ、マジで栄養最強だから益々食費浮く!
まぁあまり美味しくないですが(笑)。

調べてみると現地には少し歩けばファミリーマートもあるから、
くろしきレコードのネット通販の受注も問題なく発送できる。
たまたま運よくファミマだから今まで通りクロネコメール便で発送できる。
郵便局は多分クソ遠いが、意地でも歩く(笑)。歩くのは慣れている(笑)。
多分資産100億円まで出世してもまだトコトコ徒歩や電車で移動してると思う(笑)。

今持っている郵便局の事業用一般振替口座は大阪東成区の郵便局で開設しているが、
まぁ別にそれは変えなくてもいいかなと思う。



経済発展の功罪について先ほども書きましたが、
あと、今回の地震が起きて特に思うのは、

自分と他人の距離

がこれからの日本の立て直しにおいて重要な気がします。

私はとても運よく、
平屋を家賃なしで「いわば他人」に貸していただけることになり、
それに対して父親は「そんな人はどうせ無責任」などとテンション下がるような事をいって不愉快な気分にさせてくれますが(笑)、
じゃあ何ですか?
契約書とかがあればよいわけですか?
今の事務所なんて契約書こそあるものの家主さんの顔も見たことないですよ(笑)。
それと、ちゃんと家主さんや家主さんのご家族の環境を知っている人にタダで平屋を借りるのと、
どっちが、アレなんでしょうか?
紙1枚ごときで信頼や責任があるのでしょうか。

紙の契約なんざ、いざって時に屁理屈こねて法律を盾にして自分のリスクを軽減させて逃げれるためでしょう。
確かにそれがあるに越したことはありませんが、だからといって不動産屋も挟まないで個人的なやりとりで物件を貸し借りするというのは「無責任」という考え方も確かに解ります。
しかし、そういう社会が逆におかしいとも思います。

昔だったら、それこそ芸術家なんてロクにカネも生み出せませんから、
フラフラと放浪して、誰かの家にズケズケ上がりこんで、
「・・・で、あなた、いつまでここにいるんですか?(笑)」
みたいな居候状態になったりしてた人も多いと思いますし、
そういう生き方が「ろくでもない」とは私は思わない。

むしろ、個人個人が経済という形で自立「しているフリ」をして中身は空っぽ、自力でどこにも属さない状態で人間関係を築くのは確かに難しいが、仕事でしか人間関係を築けないような「経済しか自立していなくて人間としては自立できてない老人」が量産されたことは社会の問題だと思うんですよ。
 退職後に誰も友達がいずに家で1日中ネットしているような団塊世代の親なんぞにそんことをいわれたかねーよと(笑)。

誰だか解らん他人が土地を貸してくれて、それで何が「無責任」なんでしょう?
ありがたいじゃないですか。
何かあったら何かあった時のことじゃないですか、
単に自分がリスクを避けて、
自分のプライドのために自分が何かに借りを作ったり優劣関係の中で劣位になるのが嫌なだけですよね。でも人間って本当は隔たりもないし、自分に持っていると持っていないものがあって、
持っている者が持たざる者にゆずったり助け合ったりするのが人間の本来の姿じゃないのですか、それをいちいち間にカネを挟んで個人個人の自立という社会ができあがったせいで人間関係は希薄になり、問題が起こったらカネや法律の屁理屈で解決して、
そんな社会、クソじゃないですか。

例えば今回の地震でも、
被災者が沢山いて、それの受け皿がどうとかいうアレなわけですが、
何も政府がその受け皿の全てをまかなって土地や物を援助するだけでなくて、
自分と他人、という関係をもっとフラットにすれば、
いくらでも、
他人同士が一緒に暮らしたり、家を持って余裕のある人は被災者を他人でも受け入れたり、
また、そのことについて「気を使う」とかいうのもおかしいんですよ、いつからこんなくだらない冷たい社会になったのでしょう?

ただでさえ狭い土地の日本で、個人個人が経済自立して、家族ごとに、あるいは個人ごとに住居を構えていたら土地が足りなくなって地価が高騰するのは当然ですよね。
土地を持ってる人も意地が悪いですよ。
月に何万円って簡単に吸い取ってくれますがね、
あなた、その借りた物件を事務所にシテ商売するなりして数万円を稼ぐのがどんだけ難しいか解ってるんですか、おかげで、みんな、苦しくなるんですよ。
全ての根源は土地を持ってる人間がろくでもない精神性しか持ち合わせてないからではないですか、
譲り合えば余る、
奪い合えば足りない、
それが今の日本は解ってない。

異常なまでの物質主義や物質への執着も問題だ。

地震にあって、奇跡的に命が助かっただけでもスゴイのに、
もう余裕がでてきたら、
放射性物質が飛びまくってる自分の家に車を取りに変えるとか思い出の写真がどうとか、
そんなのどうでもよくないですか。命や時間という資産に比べたら。

物に執着するのは、
本当に変わらずにいるべき何かを持っていないからではないでしょうか。


家も土地も金もモノも、

もし、それがゼロになった時、

それで絶望しかないというような社会がおかしい。

ゼロになってもいいじゃないか、
やりなおせる、
そういう社会のシステム、人間性が、
これからは求められるのではないでしょうか。

ゼロを怖がるとゼロは敵になります。
しかし、実はゼロは本来の「何よりも安心できる」フラットな状態ともいえるのではないでしょうか。

家も土地も金もゼロだと、自分はゼロなのでしょうか?

命がありますよね、
歩けるし、景色も見れるし喋れるし手も動かせる。

それだけのものを授かっていて何がゼロなのですか。

今の社会は、
金や家やモノがないと、「ゼロだ」
と錯覚してしまう、実にくだらない洗脳的な、直方体に閉じ込められたような閉鎖的な世界です。
これをなんとかしないと日本に未来なんてないでしょう。


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