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2011年12月07日 水曜日/05:57:00/ No.349
世にも奇妙な音楽人生

記事分類:つぶやき
先日、
世にも奇妙な本当の歴史/「神は我々人間が地球に来る事を待っている」
というオカルト全開の妄想記事を書きましたが(笑)、
ちょっと色々考えていたら、
またまた恐ろしい妄想に襲われたので(笑)、
ここで披露したいと思います(笑)。


光と闇
東京の音楽マンションに引っ越してきてから、ピアノ練習も充実し、
実に楽しい毎日を送らせてもらっていてありがたい限りなのですが、
なんというか、
なんか不思議というか、
ふと、
ピアノの音色というのは、
どこか不気味だなというか(笑)、
いや、美しすぎるんですよ(笑)、
で、この世のものとは思えないなぁとか、
誰がこんな複雑な鍵盤アクションを考えたんだろうとか、
かなり神々しい楽器だよなぁなんて考えていたわけですよ最近、はい。


んで、「音」とは何かみたいな事をボケーッと考えていたら、
」っていう単語が浮かんだんですよね。

んで、
闇っていうと、
対になっているのは「」じゃないですか。

んで、
光っていうのは目で見ると思っているはずが、
闇という漢字は、
音が門構えで囲まれているわけです。

これは一体どういう事か?

つまり、

音が無ければそれは闇で、
音があれば、或いは、
音=光
ではないかと思ったわけです。

そんな事を考えていて、
あぁそういえば自分はもともと目が悪いのだけれども、
確かに目が悪いが故に色んなものが「見え」たりするような経験を積ませてもらっていたなぁなんて考えていると、
つまり、
音が光である、
あるいは、
光とは音である、
という事が理解できてくるわけですが、
そもそも光とは何かを考えると、

おそらく、

光とは、
人生ではないか
と思えてきたわけです。

たまたま自分が音楽をやっている関係上、
わりと妙にしっくりくるというか、
ちょっと真剣にそこらへんを追求してみようとしたところ、

かなり恐ろしい事に気づいてしまったのです!!!



この興奮と感動を!!!!!
聞いてください!!(笑)


ねぇお願い!!
聞いてよトモコちゃん!!(笑)
聞いてよアユちゃん!!(笑)

(意味不明)



光と闇
んで、
音という漢字を眺めていると、
日の上に立つと書きますよね?

で、音が無い闇というのは何を意味するかというと、
陰であるとか、死のようなイメージが浮かぶわけです。
つまり、

音=光=生(人生)

であると考えた場合、

日の上に立っている(あるいは立たされている)のは自分ではないかと思えてくるわけです。

んで、「日」というのは、
すなわち、光=太陽、
すべての根源であるというような意味があるように思えます。

音楽・楽器

日の上に立たされている自分は何者かというと、
別にたいして何者でもないと思いますが(笑)、
とりあえず、
何者かを表すために氏名があり、
あ、そういえば、「昏」なんて漢字があったっけなぁなんて思いつつ、
音楽を奏でるピアノやギターやドラムなどの楽器についてふと考えてみると、
つまり、
なんというか、
音が根源だとすれば、
もしかして、
神はそれを大層気に入り、
それを人に与えてくれたのではないかと思えてきたわけです。

自分がたまたま音楽をやっているような人生になったので妙にこじつけが入ってきやすいというのもあるんですが(笑)、
音=光であるというのは闇という字が存在することで明らかなので、
そうなると、
やはり神は音が好きなんじゃないかと思えてきたわけです。

つまり、
楽器というのは、
神からの贈り物、あるいは神の幻影ではないかと思えてきたわけです。

そういえば、このピアノ、
ピアノの宅レコ
小さい頃からなんだかんだいいながらずっと自分に付きまとってきてる気がするんです(笑)、
ひたすら、じーーっと、
その黒い物体が自分を睨んでいる気がしてきて(笑)、
なんというか、
存在感がすごいんですわ、この物体(笑)。
実際、なんつーか、
私、
音楽から逃げられないんですよ(笑)。
一度就職とか考えたりしたんですけどね(笑)、
なんか、
呪われてる気がするんですよ(笑)、音楽に(笑)。

しかし、それは・・・

なんというか、、、

神の仕業なんじゃないかと思えてくる部分もあるわけでして・・・・(笑)

そう、神は音・音楽を愛している、
意地でも音楽をやってもらいたいんじゃないかとすら思えてくるような局面が人生の中で何度もあったわけです、実に不思議で、少しこれは言葉では説明しにくい何かがあるんです(笑)。


で、音がすべての根源であるとか、
神が音を愛している事を証明できるかもしれない暗示を発見しました!!!(笑)

音が根源

太陽とか光と闇とか考えてると、
やはり、
私たちの日常、すなわち一週間の繰り返しが浮かびます。

で、少しこじつけ的に、
この順番に無理に意味をつけてみようと考えました。

すると、

日=光=音

とすると、
そこから全てがはじまり、
(あるいは「無」が先にあってそこで音が発生したかも??)

次に来る月曜日

これ、

人間(の肉体)の暗示じゃないですか??

人間の身体の器官は肉月がついてます。

つまり、
神は、
音が存在する、
あるいは音が光となるような世界を生み出したいがために、
それを奏でるヒトを創造した、あるいは楽器をプレゼントしてくれたのではないか
という仮説を立てることが不可能ではない気がします(笑)。


で、
人が音を奏でようと思えば、
人が存在する場所や概念・秩序が必要となります、
つまり、
音が存在する世界を作りたかったがために、
後で、
人と人が住む星と、
人が楽器を演奏するための文明や歴史を、
わざわざ
全て架空で創り上げたのではないかという(笑)。

つまり世界というのは結果であって、
原因は、神の音への愛着から全てが始まり地球や世界が架空で創造されたのではないか
と考える事ができるわけです(笑)。

音が「響く」、
音の上に郷、つまり故郷です、
つまり、
私たち、あるいは、
神、
あるいは全ての故郷は音なのではないか!?
つまり、
音が響いた、それを神が愛したことから全てがやはり始まったのでないか??
(あるいは、音そのものが神なのではないだろうか?)


また、そうであるとするならば、
神の音に対する愛というのは生半可なものではないということも伝わってきます(笑)。
自分がこれまで、
音という呪いから逃げようとしても逃げれないぐらいに色んな不思議な体験をしてきたことからも、
なにか、
そういう自分が立てた仮説がマジなんじゃないかと思えてきたわけです(笑)。

天に行けば無が待っている
地球が架空であるという事を暗示する惑星の並びについて先日の記事で書いた通りです。

ただし、
神は、人が愚かであるがゆえに人に様々な試練を与えていると考えていたわけですが、
しかし、
私は今、生きているわけです、
つまり、
私は愚かであるにも関わらず生を与えられているということは、
何か別の何かを与えられているのではないかと考えられるわけです。

少し考えてみると、
音が光となるように、
音が存在し、
人々が音を愛する世界を作るにはどうすればよいか、

おそらく、

人が愚かで世間は荒れている、

そのような世界であったほうが、
人は音楽の力を必要とし、
音楽が輝くのではないかと思えてきます。

つまり、人が愚かなのは、
人が悪いわけではなく、
神が、
音が光となるような世界を創造するために、
止むを得ず、
人という楽器を演奏する人間が愚かであるという設定にしたのではないか、
そして、
音を奏でる事と、
愚かさに気付くという事をうまくリンクさせて人生というストーリーの中で、
人が、そして神自身が、
音という美しいものを感じる・奏でる喜びを味わえる、
そんな世界を作ったのではないか・・・・・


だから私が愚かでも、
それに気付けば神は私に音を奏でる・生きる事を許してくれていると考えるようになったわけです。

音を奏でるのは男?
んで、
私は男なんですが、
音という字の、
日の上に立っているのは何者かと考えた時、
氏名をもつ人間と考えると、
ふと「昏」という字が浮かび、
それに関連して、
「黄昏」
なんていう言葉が浮かんできたわけです。

黄昏なんていうのは、どちらかといえば男的で、
物悲しい、
何かが足りないような孤独感を連想させるわけですが、
私はちなみに現在独身だったりすることもあり、
ここからさらにそれが面白い事を発見する事に繋がりました。

あと、私は日本人で、あと、住んでいる国が「神の国日本」だったりすることで、
黄昏の黄色は、日本人あるいはアジア人を指すのではないかと思ったりもするわけです。
ここらへんも、
世界が架空であり(あくまで仮説)、
妙に神が日本や音楽に御贔屓である気がする世界を自分が見させられてきた事で薄々そんな気がしてくるわけです。

そういえば、
「日本」
も、そもそも、「日の本」!
つまり、この国は音の国、神の国ではないのだろうか!?
関係ないかもしれませんが、
私の本名は「寺本」だったりしますが、
そういえば、
寺と日をくっつければ、
「時」ということになります。
時間とは何かという事も後で書こうと思います。


とにかく、
神は音楽御贔屓です、日本御贔屓です。
私も音楽も日本も好きです。
もちろん、そのほかのあらゆる物事に対して尊敬もしていますし、
音楽をやっていられるのは、
あらゆる要素があるからこそという事を常に意識し感謝しています。

にしても本当に神は音楽を愛していて、
人にそれを伝えたいに違いないのではないかと思えてなりません。
宮沢賢治は詩人でありながら音楽をやります。
そして世にそれが残っています。
それにはそれなりの理由がある気がします。
シュバイツァーなんかも医者でありながら音楽をやりますね。
そういえば、
弁財天というのは唯一女でオッパイ丸出しの像もあってそれが楽器を持っていたりします(笑)。
神は絶対に音楽が好きに違いありません(笑)。


しかし2011年の今、
音楽や日本は衰退しています。

それは何故だろう??

人を振り向かせたい時、
どうしますか??


どんな時、何かが気になりますか??


そうです、

ソレをわざと遠ざければ気になって仕方がないようになるという心理が人間にはあると思いませんか?
恋の駆け引きなんかでそんな事をした事はありませんか??(笑)
私、それでかなり苦労してきたりしてます(爆笑)

神は日本と音楽に人が振り向いてくれる事を望んでいるという気がするのです!!(笑)

おかしいと思いませんか?
変じゃないですか??
最近、日本、変じゃないですか?(笑)
自分が好きになったものがどんどん離れていくんです。
人生でずっとそうなんです(笑)。

おかしいです(笑)。
妙です(笑)。

しかし、
苦労はしているけど大難はないんです。
不思議です。
神のいたずらとしか思えません(笑)。


音を奏でるのは男?
んで、もう一度さっきの画像なんですが、
「黄昏」の「昏」
という字、
左に女をつけると、
「結婚」の「婚」
になるなぁなんて考えたりしていて、
そこでまた恐ろしい暗示が・・・・(笑)

私は男で独身で、
音楽をやっています。

黄昏です(笑)。
女がずっといなかったわけではないですが、
今はいないので黄昏モードです(笑)。

まぁさほどカッコよくもないですし(笑)、
まぁそんなにモテモテだった覚えもありませんが、
まぁ確かにそれなりに色々と、ええ色々とまぁアレだったので悪くもないといえばアレなんですけども(謎笑)、
にしてもまぁ、
音楽とか結構自信あったりもするんですが(笑)、
それでいてこのありさま(いい年こいて独身)というのも、
妙といえば妙だなぁなんて思ったり思わなかったりしつつ(笑)。


もし女がいれば結婚するでしょう。
そういえば、
楽器を「奏でる」なんていう漢字は、
「春」という字に似ています。
春という字には「日」つまり音楽がそこにある気がします。

んで、そんな事を考えつつ、

しかし音楽をやっている女性もいるわけです。
おかしいなぁと(笑)。


女という人間はいない?
そこで、
日の上に立っている女はいないか探してみました(笑)。
つまり、
日の上に氏というのは男です、
なぜなら、
横に女という字がつく漢字があるからです。

しかし、その逆がないのですよ!!!
(ここ超興奮するとこ!!!)


ないじゃないですか。
女が音を奏でて男が隣にいるというような漢字が。



女という人間はいない?

そしてなんと!!!!
逆に、

日の上に立っている氏(男)の下に、、、、、
女がいるという漢字があるんですよ!!!

「妾(めかけ)」!!!

女は人間じゃないんじゃないですか!!?(笑)

うわーこれオカルトキタヨーー(笑)。

いやちょっとまて、
自分の周囲全部がエキストラなんて考えた事とかありませんか?(笑)
ありえなくもないのでは???(笑)

もうTAKAYAは気が狂っている、ついていけないと思った人は、
このへんでブラウザを閉じてください(笑)。



そういえば、
私、
音楽もやってきましたけど、
もうひとつ、
追いかけてきました。

そう、
女ですよ(笑)。
人生にこれは欠かせないのではないでしょうか(笑)。

いや、道徳は守ってますよ、ええ、真面目に生きてきましたので遊び人ではないです、
誤解のないようにお願いいたします(笑)。

というか、
これもね、
音楽と同じなんですよ、
呪いなんですよ、

チラチラチラチラチラと、、、

そこへ誘導させられているような何かを感じるんです。

それはまるで、
音楽と同じようなサイクルで私を喜ばせたり苦しませたりしてきたかのように思えます。

つまり、楽器と女は、

神です!!!!(笑)←仮説ですよ


時間の意味

そんな中で、
楽器と女にある共通点を見出しました。

まぁこれは色んな意味が重なったりするわけですが、
例えば、
楽器というのは、
自分も楽しく興奮し快感を得、
相手も楽しく興奮し快感を得、
というのが理想です。
そしてそのコツは、
自分を殺す事にある事に気付いてくるのです。

力んでいてはいい演奏ができません。

あえてこれ以上は書きませんが、
とにかく、
楽器と女は完全にリンクしていて、
しかも、
やはり両方とも、神なのです。

それは何故か??



遠いからです。

ところが、
遠すぎないのです。
だから苦しいし、
だから生きているし、
まるでそれが人生であるかのようでした。

しかしなんだかんだで、
それは近づいて来たり遠ざかって行ったりして、
なかなかコレという一つを得れないわけです。

チラチラしつつ遠いわけです。

そして音楽(ピアノ)とそれがかなりリンクしているところが妙なんです。


結婚とは何でしょう??



何かが妙なんですよ。




そして、私は、
何かが妙なので、
人生、
西へ東へと動き回っていた気がするのです。


北:North
西:West
東:East
南:South

うーーーん・・・

と考えていた中で、
すごい事に気づいてしまいました・・・


ここからは、
単に自分のためのメモみたいな感じなので興味ない人はブラウザ閉じましょう(笑)。
オカルトで頭がおかしくなること請け合いです(笑)


自分の人生に「つきまとってきているかのような」ピアノ、
気になるんですよ、
妙なんですよ。


そこで、
思い出してまとめてみました。
ヤバいです・・・
これはヤバいです。
神は存在します。
ヤバいです。

怖すぎて、
今夜は久々に酒を引っ掛けてました(笑)。




ピアノの向きと位置、
自分が動いた(引っ越したりした)経路、
そしてその方角が持つ意味をまとめたら、
背筋が凍りそうになりました。





ピアノの向きと位置

奈良
少年時代A 東向き(西)
少年時代B 東向き(西)
 ↓
大阪 (無し/ピアノは実家に置いたまま)
 ↓
奈良
青年(ゴタゴタ直前) 西向き(東)
 ↓
明石 東向き(西)
 ↓
東京
2011年現在 北向き(南)


ほーう、南にピアノが配置されたのは東京が初めてですねぇ。
今まで南には無かったわけですね、なるほど。



以下、
方角とその意味をwikipediaから軽く引用

(大阪)
■子
「子」は「孳」(し:「ふえる」の意味)で、新しい生命が種子の中に萌(きざ)し始める状態
■坎(かん)
「外陽にして中は陰」。外側に陰柔の卦があるが、内部は陽剛である。「中に何かがある」と捉え水・陥・豕・耳・秘密・姦計・色情・専門性・交渉・冷静・重病・中男などを象徴
■冬■真夜中■玄武■黒




西(明石)
■酉
「({糸酉})」(しゅう:「ちぢむ」の意味)で、果実が成熟の極限に達した状態を表しているとされる。
■兌(だ)
説(よろこぶ)という意味とされる。
■秋■日暮れ■白虎■白




(東京)
■卯
『史記』律書によると「茂」(ぼう:しげるの意味)または『漢書』律暦志によると「冒」(ぼう:おおうの意味)で、草木が地面を蔽うようになった状態を表しているとされる。
■震
原義は最も下(創め)に一陽が生じて、限りなく前進する様子。ここから始動の時・雷・龍・足・長男・若い男性などを象徴する。方位としては東(地支では卯)を示す。現代社会では電信電話・高速通信など。時に嘘つきにもなる。肉体では聴覚・肝臓・代謝など。
■春■夜明け■青龍■青



(??)
■午(うま、ご)
「午」は「忤」(ご:「つきあたる」「さからう」の意味)で、草木の成長が極限を過ぎ、衰えの兆しを見せ始めた状態を表しているとされる。
■離
原義は「一見明るいが中は暗い」。また「二つのものが一つをはさんで向かい合う」である。即ち火・麗・雉・目・心臓・乳房・華やかさ・中女・別離対立・紛争・外見・赤(紫)色などを象徴する。
■夏■真昼■朱雀■赤


南は、無いんですよ、多分。
それがこの世の妙なところなんじゃないでしょうか。
また、それには、いくらか、
ちょっと意味深な何かが隠されているように思えます。

予想では、やはり、この世に「自我を持つ・人生を歩む女のヒトはいない/自分がそれになることはない」んじゃないかという説が浮上しますね。
実際、とりあえず自分は男です。



私は奈良で生まれました。
そして、
色々な事情、何かが妙、
何か色んなものを追いかけて西へ東へ動き回り、
今、東にきました。

大阪時代は長かった。
そう、まるで冬のように。
色々ありました。
いいことも悪い事も色々ありました。

今年3月11日、関東で地震があり、
自分の中で何かが大きく動いた。
人の役にもっと立ちたいとか、
自分の無力さを痛感し、
生のピアノで音を出して音楽と向き合うための環境を求めて、
西(明石)にそれを見つける事に恵まれました。
しかし、
まるでそれは、
とても心地が良いのにあっという間に終わってしまう秋のように、
あっという間にその生活に終止符が打たれました。
しかし、決してそれがマイナスにはなっていないという感覚があったわけです。

それをクッションに、
今、
なんだかんだで東京に来ました、
来てから三カ月ほど経過してます。









私は、
何かに気付きました。


とりあえず、
この記事はこれで終わりにします。


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このコメントは管理者の承認待ちです
[ 2014/10/03 02:50 ] [ 編集 ]
このコメントは管理者の承認待ちです
[ 2013/06/13 21:48 ] [ 編集 ]
このコメントは管理者の承認待ちです
[ 2013/01/19 18:24 ] [ 編集 ]
このコメントは管理者の承認待ちです
[ 2013/01/17 12:35 ] [ 編集 ]
久しぶりにきて、これは感動しました!!!マジでwww
僕もオカルトは結構傾倒してますんで。それにしても今回のこの日記は感動です。
また来ます。
[ 2011/12/14 01:31 ] [ 編集 ]
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